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東日本大震災 8年経った 今の現地の状況

2019/03/18 14:46

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ARA

どうも!
GOODmen ファニー担当のARAです🕺

今週も楽しく生きていきましょう!✨
    
                        
            
【被災地へ足を運ぶ】 

3月16.17日と
東北は宮城県に行ってまいりました。

気仙沼市、南三陸町の旅。


8年前の3月に起こった
東日本大震災に合わせて被害が強かった地域に足を運びに向かいました。


ちょうど8年前、この震災の直後に

自分達で出来る事はないのか?

と考えたところ、
当時一緒に過ごすことが多かった
ブレイクダンス仲間の後輩
【ストーン】とチャリティダンスバトルイベントを開きました。


そこに参加して頂いた
bboy bgirlから支援して頂いた義援金を
持っていき、被災地に落とそうと。

経済を活性化させようと。



しかし、
震災直後に行ったとしても
沢山の支援者の方々でごちゃごちゃになってしまうし、

少し落ち着いた何年後かに向かった方が良いのではないかと。
(逆にその頃が落ち着き出して、支援者が少なくなっているのではないかと考え)


そこで、
温めに温めて 8年後の今年
標準を合わせて向かいました!


実際に東北の震災地で伺ったところは
福島県いわき市、宮城県柴田郡 (両地区 GOODmenでのパフォーマンス)で

そのほかの被災地には足を運んだことがなかったので

震源地の近くである
気仙沼、南三陸へ

ストーンを引き連れて 向かいました。




まずは気仙沼へ。

 

 

都心から気仙沼まで5時間かかる事にびっくりしながらも
無事到着して、

到着早々に
【語り部】の鈴木さんと合流!

※語り部とは
災害や事件の教訓を語り継ぐ活動を行う者を「語り部」と紹介する例が見られる。 (ウィキペディア参照)

鈴木さんに当時の気仙沼の様子、現在の復興の姿、考え方、周りのお店 などを
約1時間のお散歩をしながら色々と紹介して頂きました。

 

 

 


津波浸水深 を目の当たりに声が出なかったり、





未だ更地の場所を見て ここに津波が襲って来たんだなぁと感じ





色々な景色を実際に生で見れて、

本人の口から聞けて
 
なんとも言えない感情がそこにはありました。



そのあと、



気仙沼漁港から引き上げられた魚介を味わい
しっかりとお金を落として、



夜泊まるホテルのある 南三陸へ
移動しました。


自分達が泊まったホテルは、



《南三陸 ホテル観洋》



宿泊場所をここに決めた理由は、
震災当時 このホテルは高台にあり
避難場所として使用されていて
約300人命を救っていました。
更に、ホテルの従業員の方々も
被災されている中で、
《お客様》として来ていただいてる
被災者の皆さんを優先的におもてなし精神で もてなす。
ご飯も自分達の分は少量に抑え、全てお客様に回すと。


もうこの話を聞いた時点で感動して、ここに決めました。



ホテルの場所に着くと その場所は
物凄く活気に溢れていました!!

お客様も沢山入っているし、ほんとに賑やかで
パワースポット?といわんばかりの
パワーを感じました✨


そりゃそうか。

被災した人達を沢山救ったし、
その人達の【ありがとう!】や満足、お返しの
気持ちが この 南三陸ホテル観洋 には宿ってるのだから。

ほんとにここのホテルにしてよかったと

志津川湾を一望できる露天風呂に浸かりながら ふぅーとひと息!



後輩のストーンとお酒を片手に

 


今日の出来事など、色々な熱い話で盛り上がり、

気持ちよくなって就寝しました💤



翌日は朝食を済ませ、

このホテルの1つの目玉である、

従業員による【語り部】バスツアー

バスツアーと言っても チェクアウト前の1時間のみで、
限られた少ない時間に
従業員の方と従業員の運転手の方が
ホテル周りの被災地を回って 沢山の経験談を語って頂きました。




そして、

この時間が今回の旅で【1番喰らう】事となりました。



語り部は このホテルのトップの方にあたる
伊藤さん



伊藤さんは 方言交じりに
色々な経験談を話に入れて伝えてくれます。


ここからは
自分が教わり、感じた事を
箇条書きで書きたいと思います!






・高台にある 避難場所指定の小学校に
逃げ込んだけど、そこまで波がやってきて
流されてしまい 亡くなった方もいる。

 

時計は今もあの日あの時のままで止まっている

 


・自然の力は 皆の予想をはるかに超えてくる 怖さ。



・現在は防波堤を作ることを優先的に行っている。




・3階まで浸水した
高野会館



当時、高齢者発表会を行なわれていた最中に地震は起こり『これは津波の可能性がある』という事で、帰宅はさせず 急いで屋上へ避難させた。





 


・現在は立ち入り禁止になっている
南三陸防災対策庁舎


震災前

 

震災直後

 

 

現在

 


今なお、献花台が置かれている







語り部の伊藤さんは言いました。


『自分達が伝えないで誰が伝えるんだ』

ということで勇気を出して伝えていっている。



話している時に 時々、感極まっているところも
印象的だった。





更に伊藤さんは言う


いざ震災が来たら、どこに逃げれば大丈夫か。
持っていくものは。
家族との連絡方法。

いつ 震災が来るかわからない。

これを常日頃考えること。
 

同じ思いを是非してほしくない!




そんな伊藤さんは最後にこう締めくくりました。


『大事な時間をこのホテルに泊まる時間にして頂きまして、ありがとうございます!
これ以上の復興支援はないと思っています』

 
その言葉を聞いて 鳥肌が立ちました。。



口に出して言うのは簡単。
思うのも簡単。


だけど、実際の場所に行って
経験者の方に生の声を聞いてから
思うことは格段と違ってきます。


これから先に生きていく上で、
一度は自分の足で 現場に行って感じて欲しい。

そしてそこにお金を落として欲しい。

それが【復興支援】なのだろう
と 今回の旅で再確認しました!





僕たちは

被災した人達の気持ちを大事に

そして、犠牲で亡くなった多くの人達の魂を胸に


これからも強く強く生きていきたいと思いました!!





〜絶対忘れてはいない 2011.3.11〜



この記事を書いた人

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ARA

2005年、ヒップホップ最大イベント BBOY PARK BBOY BATTLEでの優勝を皮切りに 数々のバトルイベントで優勝をかっさらう。 最近では日本最大級のバトルイベント『2016 DANCE@LIVE BREAK KANTO vol.1』にて見事優勝。 バトルイベントの他、ダンスコンテストも NEXT MOVEMENT GRAND FINAL 優勝。 茨城で行われているダンスコンテスト GRAND SOUL 2013 年間チャンピオン。 国内に留まらず、昨年は台湾ダンスコンテストにて準優勝を果たす。 ストリートダンスの枠だけに留まらず、おかあさんといっしょファミリーコンサートやルミネtheよしもと、なんばグランド花月にも出演。 映画「新宿スワン」や「クローズEXPLODE」にも出演する。 ダンサーの域を越えて、俳優としても活躍中。 近年では、区立中学校ダンス部外部顧問に認定され 教育の場にも携わり。 プレイヤーのみならず、自身が主催するダンスバトルイベント【Edo One】は大盛況開催中である。